弁護士 伊東克宏のブログ

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遺産分割調停のススメ~協議か調停か

遺産分割調停のススメ
~「先生,調停ではなく協議でまとめてほしいのです。」と言う方に~

  • 「先日,母が他界しました。父は以前に亡くなっているので,相続人は,兄と弟の私の2人です。兄とは仲が悪く,口を開けばケンカになります。相続財産は,母名義のアパートと自宅のほか,相当額の預金があるはずですが,すべて兄が管理していて,私がいくら見せろと言っても,オレのものだと言って見せないのです。私にも法律上2分の1の権利がありますよね。弁護士である先生から,兄にきちんと言ってやってほしいんです。ただ,裁判沙汰というのはちょっと・・。調停ではなく協議でまとめてほしいのです。」

相続問題は,私がよく受ける相談内容のひとつですが,上記のように言われる方は多いです。親族どうしの問題ですし,誰だってできれば裁判所になんか行きたくないです。
とは言ってもこれは,医者に対して「手術はしないで治してほしいのです。」と言っているのと同じで,依頼人が“調停回避”にこだわるあまりに,協議に時間をかけすぎてかえってもめ事を悪化させたり,消滅時効や証拠の散逸により請求の機会を失い,取り返しがつかなくなるケースもあります。

相続案件を多く扱ってきた私の経験からすると,遺産分割事件の場合には特に,早い段階で調停申立をして,協議のレベルから調停での話し合いに切り替えることのメリットが大きく,逆に,皆さんが考えるようなデメリットは,むしろ少ないケースが多いです。

なので,上記のように言われる方に対しては,多くの場合,「早期に調停申立をされることをおすすめします。」とお答えすることになります。

ケースによって様々ですが,私が調停申立をお勧めする場合の主な理由は,以下のとおりです。

理由その1 平場(ひらば)の協議において,弁護士は所詮無力である。

冒頭からなんだか絶望的なタイトルで始めます。
相続問題について弁護士に相談や依頼をするにあたり,「弁護士に頼めばほかの相続人を説得してくれる。」と期待されている方は少なくありません。
もちろん,そういうことができるケースも,まったく“ゼロ”ではありませんが,あなたが説得してもダメだったのであれば,弁護士にあまり多くを期待するのは間違いです。
それは,その弁護士が優秀かそうではないかということではなく,その弁護士が,所詮はあなたの依頼を引き受けた”あなたの代理人”であって,公正中立な第三者たり得ないことに由来します。
たとえば,弟の代理人として協議に臨んだ場合,私がいくら双方にとってメリットのある提案をしていても,兄からは,「所詮は弟の立場で考えているんだろ。」と言われれば,「そのとおりです。」と答えざるを得ません。(正確には,「あなたにもメリットのある提案をしているが,それは弟にとっても協議成立というメリットがある,あるいは,弟がそれでよいと言っているからだ。」ということです。)
正論で説明しても,「弟の代理人など信用できるか。」,「弁護士なんだから正しい私の言い分で弟を説得しろ。」と言われると,あとは,「信用しろ。」「こちらが正しい。」と,裁判官のいない法廷で声高に言い合いを続けるような状況になります。
これに対し,調停であれば,調整役は調停委員が担ってくれますし,最後は裁判官が,「私が審判して決めますよ。」と言って出てきてくれます。
私は私で,“あなたの代理人”の役目に徹することができ,「弟の主張としてはこうです。」と,100パーセントあなたの交渉役に徹した意見を述べることができます。

理由その2 協議には終わりがない。調停・審判には終わりがある。

ここは,このコラムで特に強調したい部分です。
相続関係の本には,どの本にも,「遺産分割は,協議→調停→審判の順序で進めなければなりません。」ということが書いてあります。
できればそこには,「協議を続けている限り,協議は永遠に協議のままです。」と付け加えておいてもらいたいです。
調停は不成立になれば自動的に審判に移行しますが,協議がまとまらなくても,誰かが決断して調停申立をしなければ,調停手続には進みません。
私も,依頼人の方が,「家裁に行かずに解決したい。」と言うので,平場の協議を重ねて1年,さらに1年と経過・・・結局その後に調停を申し立てたところでさらに調停で2年・・といった経験をしたことは,1度や2度ではありません。
依頼人の希望は大切にしたいと考えており,私も無理強いはしないのですが,時間の経過はどうしても,ⅰ.証拠の散逸,ⅱ.法律関係の複雑化(相続開始後の賃料等の果実の処理,死亡により二次相続が発生等),ⅲ.相続税の申告期限に間に合わない・・といった長期化のリスクやデメリットをともないます。
協議の長期化で,何よりも嫌なのは,費やしてきた時間と積み上げてきた労力が,水泡に帰すことです。
平場で話してきたことは,口頭でいくら約束していても,何も決まっていないのと同じですから,誰でもいつでも白紙撤回が可能です。
がんばって協議を続けてきた事件ほど,調停でまた一からスタートかと思うと,徒労感,無力感がただよいます。
家裁の調停も,合意がなければ成立せずに何も残らないという意味では同じですが,合意の見込みがなければ不成立として打ち切られ,不成立になれば裁判官が審判をして決めることになります。
もちろん,審判となれば,こちらの期待する結果ばかりとは限りませんが,終わりがあることはハッキリとしています。
終わりが決められている状態で議論するのと,終わりがない中で議論をするのとでは全然違います。
出口の見えないまま同じ場所をグルグル回らされるより,多少の坂道であっても,ゴールに向かって歩いた方がずっとよいと思うのです。

理由その3 裁判所という場だからこそ「遺言・遺産の隠し得」を減らせる。

親族の前では平気で嘘をついたり隠したりがができても,裁判所で同じように振る舞える人はそう多くありません。
他の相続人に対し,「相続財産を隠しているのではないか。」「遺言書を隠して見せてくれない。」と思っている方は特に,早期に遺産分割調停の申立てをされることをおすすめしています。
私が受任する案件でも,相続財産の大半を1人の相続人が管理していて,依頼人に相続財産に関する情報が乏しいというケースは少なくありません。
私も,弁護士として可能な調査は行い,依頼人が持っている少ない情報やこちらで調べられる情報から辿って,できるだけ早く,できるだけ多くの情報を収集します(実は,このあたりで弁護士の腕とやる気の差が出ます。)。
しかし,どうしても管理者に説明してもらわないとわからない情報,調べようがない情報があることも事実で,相談者から「隠した人が得をするのですか。」と聞かれれば,「そういうこともあります。」と答えざるを得ないのが実情です。
調停申立をすると,裁判所では,調停委員から相続財産について聞かれることになり,そこでは,自分が管理する相続財産や遺言の有無についてはきちんと説明しなければなりません。
もちろん,そこでも嘘をついたり隠したりする相続人もいないわけではありませんが,そう簡単ではありません。
それと,こちらの調べている情報で,相手の嘘や隠し事を指摘するのであれば,緊張感のある裁判所でやりたいと思います。
平場の協議でそんな指摘をしたところで,多くの場合は「うるさい,勘違いだ。」とやり過ごされるだけです。

理由その4 調停調書は,結構便利なものである。

遺産分割協議に基づいて相続財産である不動産の名義移転してもらうためには,相続人全員をまわって頭を下げ,遺産分割協議書に実印で押印してもらい,印鑑証明書を添付してもらわないといけません。
他方,調停調書で合意が成立した場合には,相続人の署名押印や印鑑証明書は不要であり,法務局や司法書士さんのところに調停調書を持って行き,一言,「お願いします。」で事足ります。
調停成立まではたいへんですが,いったん調停調書ができあがってしまうと,事務手続上結構楽なことも多いのです。
また,一般の方が作った遺産分割協議書には不備が多いですが,調停調書は,一応裁判官や書記官が目を通してくれていますから,間違いがありません。(・・まあ,たまにはありますが。)
さらに,調停調書であれば,裁判所で合意を成立させていますから,あとで相続人の一部から,「あの時の協議は勘違いだった。」「無理矢理書かされた。」などと言われるのを防止できます。

理由その5 協議と調停で弁護士費用も変わらない。

私の場合,遺産分割について,「協議だけで受任します」ということはしておらず,協議から調停までということで受任し,協議でも調停でも受任した時点で着手金,合意ができた時点で報酬金をいただく契約内容になっています(多くの弁護士が私と同じだと思いますが,弁護士によって契約内容は様々なので,依頼する弁護士にご確認ください。)。
協議から始めるか調停から始めるかで区別しておらず,着手金,報酬金の変更や増額はしていません。
ただ,協議から調停に移行して裁判所の管轄上,どうしても遠方の家裁に行かなければならない場合があります。その場合には,日当・交通費が金額の差として現れることはあります。しかし,それは調停申立が原因というより,相手方の住所地が遠方だからと説明すべきことかもしれません。(たとえば,協議でも遠方で交渉しなければならない場合には日当・交通費がかかります。)
また,裁判所に支払う手数料は,相続財産の価格に関係なく,被相続人1人につき収入印紙1200円分と格安で,これを理由に躊躇するほどの金額ではありません。

理由その6 後悔しないようにきちんと手続きを踏む。

最後に,後悔しないようにしましょう,という話をします。
私のところには時々,「兄に強引に署名しろと言われて協議書に署名押印しちゃったんです。なんとかなりませんか。」という相談があります。
合意があれば協議は成立しますので,多くの場合,“後の祭り”ということになります。
もちろん,相談を受けた弁護士としては,錯誤無効をはじめ可能な法律構成を検討するのですが,実際には,裁判所に訴えて,一旦成立した協議書の無効判決を勝ち取ろうとするにはハードルが高く,裁判に踏み切るのは困難なケースが少なくありません。
後悔したくなければ,きちんとした場での話し合い,すなわち調停をしておけばよかった,ということになります。
「大事なことだからきちんと裁判所で話し合った方がよいと思う。」と説明すれば,良識のある親族なら,調停申立自体を恨むようなことはしないはずです。
恨む人がいるとすれば,それは,自分のやりたいようにやらせてもらえなかったことを恨んでいるのであって,調停申立されたことを恨んでいるわけではありません。
調停であっても,協議と同様,成立させるためには大なり小なり妥協や譲歩を余儀なくされるわけですが,たとえ同じ結論であっても,ただ言いなりに条件を呑まされるよりも,裁判所で当事者にきちんとルールを説明してもらった上で,譲歩したのだという形をつけたほうがよいと思うのです。

最後に

いつもの締めの言葉になってしましますが,調停申立をすべきかどうか悩んでおられるのであれば,是非信頼できる弁護士の法律相談を受けられることをお勧めします。

まずは,医者に「手術した方がよいのか。」と聞くのと同じように,協議継続か,そろそろ調停申立に切り替えたの方がよいのか,経験のある弁護士に相談してみてください。

(最終更新:平成27年4月16日 弁護士 伊東克宏)

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2015年4月1日、カテゴリー:弁護士 伊東克宏ブログ

弁護士 伊東克宏

弁護士 伊東克宏

相続・離婚を中心とした一般民事事件のほか,会社法務にも対応。弁護士として10年以上のキャリアを有する。

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